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2008年11月

海に住む少女 2008/11/21

〈シュペルヴィエル、永田千奈訳、光文社古典新訳文庫、2007〉

訳者の言い方を引けば、ジュール・シュペルヴィエル(1884~1960)は「フランス版宮澤賢治」――つまり「詩人で」「童話や小説も書き」「だが、その童話も必ずしも子供むけとは言えず」「文豪と並び称される大作家ではないが」「みなに愛される作品を残している」。

ウルグアイ生まれのフランス人。幼くして両親を亡くし、伯父夫婦のもとで育てられたという。9歳で自分の出生を知り、童話を書き始める。10歳でフランスに戻って長じたのち、38歳で詩集『船着場』を刊行。詩のほかに小説・評論・戯曲などがあり、フランス語で書くことを選びながらも、生涯を通じてウルグアイへの“里帰り”は続いたとある(「解説」による)。

生者と死者、海と陸、人間と動物のあわいにあって、いつもかすかな“死臭”を漂わせていながら、ユーモラスであたたかい。海で遭難した少女が架空の海上の街で暮らす、表題の「海に住む少女」も好きだけれど、ここでは「飼葉桶を囲む牛とロバ」をあげたい。

イエスの誕生に立ち会った、心優しい牛の自己犠牲の物語。「教えてください。どうしてある日突然、ふりかえっただけで、あなたのお姿が見て取れたのでしょう。イエス様のおそばにひざまずき、天使やお星様と同じようにおそばで暮らせることに本当に感謝しています。わたしは時おり思うのです。もしや、あなたは事情をちゃんと知らされていなかったのではないでしょうか。本当に、わたしで良かったのでしょうか――?」

そんなふうに半信半疑ながら、尊い幼子の側に立ち会う光栄をかみめている牛の祈りは、けなげて、なんだかくすぐったい。イエスを危険から守ることに使命感を燃やすあまり、食べることもしなくなって餓死してしまう。

物語には、イエスの生まれた晩に、お祝いにやってくるありとあらゆる動物たち、鳥たち、昆虫たち、姿は見えないけれど祝福する小さな生き物たちも描かれている。この作家は、いったいどんな世界観に生きていたのだろう…?

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笑いの共和国――中国ユーモア文学傑作選  2008/11/3

〈藤井省三編、白水社Uブックス、1992年〉

楊絳の「林ばあさん」が読みたくて、買いもとめたのだった。他の収録作品も、中国の現代文学の中ではすでにクラシックな位置付けのものが多いと思われるのに、意外にも初めて接する作品ばかり。中国文学にあまり馴染みのない読者にも手の届きやすい、優れた企画だと思うのだが、初版のままなので、あまり売れてはいないのだろうか…。でも、今必要なのはこういう本ではないかと思う。

本書には1910年代から現代に至る、「中国ユーモア文学の名作」13篇が収められている。収録作品は次のとおり。

魯迅「あひるの喜劇」(藤井省三訳)/凌叔華「宴のあと」(大槻幸代訳)/胡適「結婚騒動」(清水賢一郎訳)/張天翼「若奥さまの家出」(鈴木将久訳)/沈従文「自殺の話」(長堀祐造訳)/張愛玲「外国人が京劇およびその他を見ると」(藤井省三訳)/趙樹里「小二黒の結婚」(加藤三由紀訳)/耿竜祥「入党」(櫻庭ゆみ子訳)/葉文福「将軍、それはなりませぬ」(長堀祐造訳)/楊絳「林ばあさん」(櫻庭ゆみ子訳)/莫言「蝿、前歯」(藤井省三訳)/柏楊「秘密」(長堀祐造訳)/張系国「愛奴」(垂水千恵訳)

もしもこの13篇に「すでに広く紹介されている林語堂・老舎などを加えれば、ユーモア文学を通して二十世紀中国文学史、さらには近現代中国史の流れを展望することができよう」(「解説」)と編者は言う。作品を通じて、時代を牽引する「文学」のパワーが伝わってくるようだ。

それにしても、「ユーモア」とは銘打つものの、作品によってその「笑い」の含意は様々で、ドタバタ喜劇から、ペーソス、ウイット、さらにはブラック・ユーモアまで、色合いの変化を楽しむことができる。

楊絳の「林ばあさん」は、家政婦として長年働いて貯めたお金で建てた家を、文革で「献じる」はめになる。「あたしが地主や資本家になっちまったんだよ!このあたしがだよ!」という愛すべき林ばあさんの苦労人生の向こうに、時代の理不尽をやんわりと描いてみせる、楊絳の筆が冴えている。

13篇の中でというと、好みはあるだろうけれど、いわゆる健全な(?)「笑い」という意味でダントツに面白いのは、莫言の「蝿・前歯」だろうか。軍隊時代の経験が生きているのか、鬼教官の「分隊長」と新米兵士の「管君」のやりとりも笑えるが、甘酸っぱい青春文学の趣もある。

沈従文の「自殺の話」は1929年の執筆だが、1940年の視点から、十年前の学生たちの恋愛熱を風刺するという、「近未来小説」的な趣向を持った作品。訳文の皮肉の効いた文体が合っている。

そして、ブラックの中のブラック、といえば、柏楊「秘密」。台湾に渡った外省人で、没落した富豪を演じる青年が、恋人に語ってみせるドラマチックな境遇は、どこまでが本当でどこからが嘘なのか…。甘い恋の蜜の味から、一気に救いようのない現実へと読者を突き落とす。

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