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建築ジャーナリズム無頼  2009/3/20

〈宮内嘉久、中公文庫、2007年〉

表紙には、“The Story of Architectual Journalism”という英文タイトルが入っている。あとがきによると、はじめ「物語・戦後建築ジャーナリズム」という名前を考えていたという。それだと、より平明にこの本の性格が表されている。“無頼”というインパクトのある言葉によって、著者自身の、ひとりの編集者、ジャーナリストとしての生き方が前面に出ているように思う。

加藤周一さんの解説では、この“無頼”という言葉について、中国の古典から日本語に入り、否定的な意味で使われていたが、おそらく第二次大戦後から肯定的な意味を帯びて用いられることもあるようになった――と推測する。そして、敗戦直後の文壇で「無頼派」と呼ばれた作家たちに共通する特徴として、こう記す。「官よりは民、公よりは私、付和雷同せず、権威に屈せず、権力におもねらず、何者に対しても何に出会っても、常に鋭い批判の矢を放つ姿勢を崩さない傾向というべきか」と。

“無頼”という言葉は、この本に与えられた時点で、どこまで意識的だったかは分からないが、このように鮮やかな意味付けを施されてみると、確かにタイトルは本の内容と相互に浸透しあい、響き合うものだと思わせられる。

“この本は、「廃墟」に発して「無頼」に徹する日本近代建築史の、また建築についての言説の歴史の、批判的証言である”――解説の終わりに明確な言葉で説明されているので、もうこれ以上に言うことがないようだけれど、著者のふたつ下の世代の、そして編集という仕事のどこかに関わる者の感想として、いくつかのことを書き留めておきたい。ひとつは「人としての一貫性」、そして「編集者は時代と人ともに生きる」ということである。

1926年生まれの著者は、1945年3月10日の東京大空襲の後の焼野原を、「廃墟」の原風景として心に刻んだ。敗戦後、再開された大学の授業で、てのひらを返したように「デモクラシーの建築」を講ずるある建築家に、心底怒りを覚えたという。「ひとは変る、くるりと一夜にして。敗戦後の焦土の街に、そういう例は充ちあふれていた」――その後、「建築ジャーナリズム」の確立をライフワークとして編集者・ジャーナリストとして生きてきた著者にとって、「変わらないこと」、言い換えれば、「一貫性」とは、何だっただろうか。そして、一貫性を持つ、ということが生き方の一つの規範であるならば、今の私の世代にとって、考えるべきことは何か、と。思い浮かべるべき「焦土の風景」は、ないわけではないだろう。

そして、「編集者は時代と人とともに生きる」ということ。本書の全篇に、その時々の状況に対する問題意識と、様々な人との出会いと別れが語られているけれど、巻末の「略年表」と「索引」(人名組織名/書名雑誌名)という形でまとまっていることで、より鮮明になっている。それは、戦後建築ジャーナリズムについての年表と、索引ではあるのだが、同時に著者自身の人生の年表と索引でもある。さて、自分はいま、どんな時代に、どんな人々の中で生きているだろうか。

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